《アナリスト→竹酢製造販売》セカンドライフは仲間たちと 竹林の三賢人

【ダミー】大学の同級生たちと籐細さんが始めたのは竹酢(ちくさく)の製造販売。目指すは竹林でのスローライフ

【ダミー】大学院時代はバイオエネルギーの研究に励んでいた籐細工(とうさいたくみ)さん。新卒で証券会社系のシンクタンクに勤め、以降、企業分析の仕事に携わってきた。シニアになって心機一転、大学・大学院で同じラボで研究していた仲間たちと一緒に、竹酢(ちくさく)の製造販売の企業を立ち上げます。



~証券系シンクタンクのアナリストから大幅な方向転換ですが、迷いはなかったのですか?~


籐細さん(以下略):もちろん、迷いましたよ。当初は家族からも「何を考えているの?」と怒られちゃいましたし。

ただ、この年になってみて、自分がいかに無目的に生きてきたか痛感しているんですよね。ほら、我々が若い時代はバブルだったじゃないですか。空前の売り手市場で、僕らのような理系の院生は、手を挙げたら大企業に入れた。教授推薦を得て型にはめられてしまうバイオ系の研究所勤務なんかではなく、自由な雰囲気が楽しそうな証券会社っていいじゃん。そんなノリで就職先を決めて、そのまま長年、企業アナリストの道を歩むことになりました。


大学や大学院の当時のラボメン(ラボのメンバー)も、半数は自分と同じような一般就職でした。

1人だけ、田中一郎という友人だけがラボに残り、自分たちが実験で携わっていたバイオ燃料としての竹の研究を続けてきたんですね。

彼は研究者として何本か論文を世に出し、学者の世界ではそこそこの地位を得ましたが、本人に言うと怒られるかもしれないですが、例えばノーベル賞級の研究だったり、そんな画期的な実績を残してこれたわけでもなく。


数年に1度、我々ラボメンが集まって飲みに行っていたんですよ。それで年々、何やら会話が切ない内容になってくるんです。やれ、もう自分は先が見えた、とか、若いころの情熱が失われた、とかね。


それでね、ある時、研究者の田中がこう言ったんです。「俺たちはエネルギーとして竹を研究してきたのに、どうして揃いも揃ってこうも元気がないんだ」って。

ご存じのように、竹の生命力ってすごいんですよ。時期にも品種にもよりますが、1日に1メートルも伸びたりする。それに比べて、なんで俺たちはこんなにしょぼくれてしまったんだってね。

ちょっとみんな、落ち込みましたよね。その日はみんな黙って帰宅。酔えない酒でした。


その晩、家に帰ってね、なぜか頭が冴えて。「よし、会社辞めよう」と思った。

田中の研究してきた竹関連のビジネスを興して、余生は竹林の中で仕事をしよう。突然、そんなイメージが頭から離れなくなっちゃった。


~そんな突然のアイディアから仲間を説得し、家族を説得し、同級生たち3人で始めた竹酢ビジネスですが、なぜこれに勝機があると?~


エネルギー源としての竹の研究はさほど成果を生まなかったけれど、竹には昔から殺菌作用が広く知られています。

折しもESG、SDGsで環境に優しい自然除菌のニーズは世界的に増えています。

竹酢は一部の園芸用などの需要しかなかったですが、化学成分を抽出してより様々な用途に利用を拡げることが期待されています。

今は田中が所属する大学の大学発ベンチャーと共同で主に業務用の殺菌材を製造、私たちの会社が独占販売権を得て、国内外に販路を広げています。

コロナで除菌・殺菌ビジネスの範疇が広がっていますから、当面は頑張って営業開拓を、と思っています。


~当面は、と言うと、将来は違うのですか?~


シニアになって「活力がない、これじゃだめだ」と始めた竹酢ビジネスですが、我々シニアは、ただバリバリ働けばいいという世代じゃないと思うんですよ。

生活も楽しみながら、チャレンジも楽しむ。

そういうバランスの取れた働き方が望まれるのではないでしょうか。

我々ラボメンも、目指すは中国故事の竹林の三賢人。浮世離れするくらい竹林生活を楽しんでいきたいと思います。


(このインタビュー文章は創作したダミー文章であり、写真素材はすべてWIX無料素材からの借用です)


​先輩の場合は・・・

30

決めてから実行までにかかった期間(月)

50

決めるまでに相談した人数(人)

200

​実行後の満足度(%)

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